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執筆者の写真Gary Tanaka

MBAファイナンス53:ビジネスリスク

更新日:2021年4月9日


企業の資本コストであるWACC(加重平均資本コスト)は、企業のビジネスリスクを反映したものです。

あるプロジェクトの資本コストを検討する時に、そのリスクが企業全体のリスクと同等であるとき、企業のWACCをプロジェクトの資本コストとして採用することは間違いではありません


例えば、既存設備の更新や、現状の製品ラインの拡大、間接部門や従業員の研修に付随するプロジェクトの割引率としては企業全体のWACCを使用することになります。


一方、企業が新たなビジネスに参入する場合や、異なるビジネスの企業を買収するような場合、既存の事業とはビジネスリスクが異なることがあります。そのようなプロジェクトを検討する際には、適切なリスクを反映した資本コストを採用することが必要になります。

今回の記事では、適切な資本コストを採用する際の論点となる事項について説明していきます。



企業が新たなプロジェクトを開始する時、投資家側としては、新たなプロジェクトから想定されるリターンが投資家としての機会費用を上回っているかを注視します。

その場合の投資家の機会費用は企業全体のβではなく、新たなプロジェクトのβを反映することになります。

(同じ企業内であっても、プロジェクトごとにβは異なります。例えば、ある企業がフランチャイザーとして事業を展開するとともに、自社でも直営店舗を運営している場合、フランチャイザーとしてのβと、直営店舗を展開する場合のβは異なります。)

新たなプロジェクトのβを推定するのはどのように行えば良いでしょうか?

新たなプロジェクトのβを算定する場合実務で用いられる方法は、そのプロジェクトと同種の産業・ビジネスの類似企業のβの平均値を採用するというものです。




要求リターン: 投資家がそのプロジェクトのシステマティックリスクに対するリターンとして要求する利回りであり、CAPMにより求めることができます。


期待リターン: そのプロジェクトにより発生するキャッシュフローの確率分布に応じて、そのプロジェクトに期待されるリターンです。期待収益率(IRR)ともいいます。


もし、期待リターンが要求リターンを上回る時、そのプロジェクトのNPV(正味現在価値)

は正(0より大きい)になります。


期待リターンと要求リターンについて、例題を見てみましょう。



ある期間1年のプロジェクトでは、初期投資として1,000百万円の投資が必要となるとします。そのプロジェクトの結果として、1年後に発生することが想定されるキャッシュフローとその確率は下記の通りです。


想定キャッシュフロー 確率

1,200百万円      50%

1,300百万円      30%

1,400百万円      20%


このプロジェクトのβが2.0で、リスクフリーレートが5%、マーケットポートフォリオに対する期待リターンが13%であるとします。

この時、プロジェクトの期待リターン、要求リターンはいくらになるでしょう。また、その際にNPVに関してどのようなことが言えるでしょうか。

(この会社の資本構成は、株主資本100%と仮定します。)



このプロジェクトによって期待されるキャッシュフローは

1,200 × 50% + 1,300 × 30% + 1,400 ×20% = 1,270 百万円です。

この場合のプロジェクトの期待リターンは、

1,270 / 1,000 – 1 = 27%となります。

次に、要求リターンを計算するとCAPMより、

5% + (13%-5%) × 2 = 21%となります。

期待リターンが要求リターンを上回ることからNPV>0となります。(ExcelのNPV関数によると41百万円となります。)



最後に、証券市場線(SML)と期待リターンの関係によってNPVを図にしたものが下記の通りとなります。期待リターンが資本市場線を上回るような場合(図の紫の部分)ではNPV>0という状況になります。



一方で、期待リターンがSMLを下回るような場合(図の紫の部分)ではNPV<0となります。




SMLは横軸にβ、縦軸に期待リターンをとった場合のβと要求リターンの関係を示した直線です。詳細は、SMLに関する記事を復習してください。



新規プロジェクトの割引率としては、会社全体の資本コストではなく、そのプロジェクト自体の資本コストを採用すべきというのは前回までの記事での説明した通りです。

もし、会社全体の資本コストを使用して新規プロジェクトを考慮した場合どうなるでしょうか?

それを図示したものが下の図です。




この図ではRcは会社全体の資本コストすなわちWACCを示しています。

この場合、Aの範囲(紫色)のプロジェクトは、そのリスクが会社全体のリスクよりも小さいにかかわらず、会社全体のWACCを採用することで拒絶されてしまいます。

一方で、よりリスクの大きいBの範囲(黄緑色)のプロジェクトは、その高いリスクにもかかわらず採用されるという事態が起こってしまいます。



では、どのような場合にWACCを割引率として採用することが適切で、どのような場合は新規プロジェクトの資本コストを採用すべきでしょうか?

例えば、既存の設備のリノベーションを行う場合や、現在の製品ラインを拡張するような場合、WACCは適切な割引率と言えます。

一方で、既存ビジネスとは異なる新規事業を開始するような場合や、別の事業を営む他社を買収するような場合は、新たな資本コストを、その産業のβに基づいて要求リターンを計算する必要があるのです。



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ブログ管理人:田中ゲイリー

東京都出身。東京大学卒業後、都内金融機関にて投資銀行業務に従事。その後、米国へ留学しMBA(経営学修士)を取得。現在は、上場企業にて経営企画業務に従事する傍ら、副業としてITスタートアップにてCFOとして関与。
Blog Author: Gary Tanaka

CFO of the IT venture company (Data Analytics)

Finance / Corporate Planning / Ex. Investment Banker

University of Tokyo (LL.B) |

University of Michigan, Ross School of Business(MBA)

Tokyo, Japan

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