今までの記事では、ファイナンスの基本的な用語について説明してきました。
将来発生するキャッシュフローを割引率(資本の機会コスト)で割り引くことで、NPVが算定できることは既に述べた通りです。
計算自体はエクセルや金融電卓があれば簡単にできますが、実際のビジネスの世界では計算に使われる将来のキャッシュフローと割引率を合理的に算定することは簡単ではありません。
この記事では将来のキャッシュフローを予測する上での留意点について説明したいと思います。
将来のキャッシュフローの予測とは、プロジェクトの採用によって実際に将来の「キャッシュ(現金)」がどのように増減するかを予測するものです。
その際に、時折見落とされがちになるのがプロジェクトの「間接的な影響」です。
プロジェクトを採用することによって、プロジェクト自身によるキャッシュフローの増減だけでなく、既存の製品や他のビジネスに影響を与えることがあります。
例えば、航空会社がある路線をスタートするかどうかを検討するとします。
その路線自体がたとえ赤字であったとしても、その路線の先にある別の路線の売上が増加すれば、新路線は赤字でも会社全体での利益はプラスになることもあります。
他の有名な事例としては、新サービスの導入が別の商品に影響を与えることもあります。例えば、新しい電動髭剃りの導入は、替え刃の売上に影響を与えることがあります。(プラスにもマイナスにも影響することがありえます。)
しかし、特に気を付けなければならないのは、既存の商品やビジネスの売上にネガティブな影響がある時です。
新しい商品のリリースが、既存の商品の売上にネガティブな影響をあたえることを「カニバリゼーション(共食い)」と言います。
ここで難しいのは、カニバリゼーションを恐れていると、競合企業によるイノベーションによって企業の存続自体が危機的な状況なってしまうことがあるということです。
特にマーケットのなかで大きなシェアを占めており現状で利益を享受している企業ほど、イノベーションへの取り組みに対してスピーディなアクションが取れないことがあります。
それにより、じわじわと真綿で首を締めるように競争力の源泉を失ってしまうことがあるのです。
次にケースとして、ノキアとアップルの事例を見てみましょう。
アップルはiPhoneというイノベーションを携帯電話業界に起こしました。実は、アップルがiPhoneをリリースした時点で、ノキア自身もスマートフォンを開発する技術は持っていました。
しかし、ノキアは自身が持つ携帯電話市場におけるシェアを失うことを恐れスマートフォンのリリースには踏み切ることができなかったのです。
一方で、アップルは携帯電話を製造していなかったので、カニバリゼーションを恐れる必要がありませんでした。
また、iPhoneの登場に対する競合の反応も異なるものでした。
初期のスマートフォンであるBlackBerryを開発していたRIMも、BlackBerryへのカニバリゼーションを恐れて対応することができませんでした。
当時のBlackBerryはビジネス利用のユーザーに人気で、特に金融業界ではBlackBerryは一種のステータスでした。筆者も早くBlackBerryが欲しいと憧れていたものでした。
(今思えば、端末の半分近くがキーボードという非常に使いつらいものでしたが。)
一方で、携帯端末市場で世界2位のポジションにいたサムスンの反応は違ったものでした。
サムスンは初期のスマートフォンを韓国国内でのみ販売しており、iPhoneの韓国市場への輸入を防ごうと試みました。
しかし、サムスンの試みはiPhoneの進出を防ぐことができず、競合企業のKTがiPhoneを輸入することに成功してしまったのです。
そうした状況を踏まえ、サムスンはiPhoneに匹敵するようなスマートフォンを開発するという方針に戦略を転換しました。
結果としてスマートフォン市場では最大のメーカーになることができたのです。
(サムスンの利益率はiPhoneの利益率に比べると低いですが、シェアを取ることには成功したのです。)
プロジェクトを採用するかどうか投資の意思決定を行う際には、そのプロジェクトのキャッシュフローを見るだけではなく、そのプロジェクトが既存のビジネスや商品にどのような影響を与えるかも考慮することが必要となるのです。
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