今までの記事では、投資の意思決定を正しく行うために、将来のキャッシュフローをどのように見積もるか、それらをベースにどのようにNPVやIRRを計算するかについて説明してきました。
もし、会社のオーナーによる意思決定であれば、オーナーはファイナンス理論を踏まえた正しい決定をするでしょう。
しかし、会社のオーナーとプロジェクトの意思決定権者は必ずも同一人物とは限りません。
日本では代表取締役と筆頭株主が同一人物という事例も多いですが、アメリカを見てみますとアメリカのTop500の企業のCEOの平均株式保有比率は2%に過ぎません。
日本でもこのような所有と経営の分離の流れは、特に高いガバナンス(企業統治)を求められる上場企業において浸透・加速しつつあります。
しかし、この所有と経営の分離はある問題を引き起こすことがあります。
ある例を示してみたいと思います。
A社のCEOが新しいプロジェクトを検討しています。
プロジェクトの初期投資額は150百万円で、その投資を行うことによって永遠に毎年15百万円のキャッシュフローが見込まれます。その企業の資本コスト(割引率)は15%とします。
この場合IRRは、15/150 = 10%で割引率の15%を大きく下回ります。
将来キャッシュフローの現在価値も15百万円 ÷ 15% = 100百万円であり、初期投資額の150百万円を下回り、NPVはマイナス50百万円となります。
つまり、このプロジェクトを実行することにより、この企業の価値は50百万円も毀損してしまうことになります。
これまでの記事をお読みいただき、NPVやIRRについて理解いただいた皆さんならば、このプロジェクトは採用すべきでないということはご理解いただけると思います。
では、実際のビジネスの現場で、こうしたプロジェクトが常に見送られるとかというと必ずしもそうはなりません。
そこで大きな影響を与えるのが「意志決定権者に対する業績評価」なのです。
例えば、上の事例ですとプロジェクトは少なくとも15百万円の利益には繋がります。また、そのプロジェクトの所属する部門は150百万円の投資によって規模が大きくなることになります。
もし、意志決定権者の評価と報酬が利益や部門の規模に基づいて決定されるとすると、意志決定権者においては低いIRRにも関わらずプロジェクトを採用したいというインセンティブが働くのです。
そして、意志決定権者の意向というのは、部下や周囲に影響を与えます。
意思決定権者の部下が上司のプロジェクトを行いたいという意向を察知した場合、彼はキャッシュフローの金額をより大きく見積もるなど、上司の意向に沿った意思決定の材料を揃えてしまうかもしれません。
仮定の話ですが、意思決定者の部下が上司の意向をくみ取り、将来のキャッシュフローが30百万円であると見積もったとします。
その場合IRRは20%、NPVは500万円となりそのプロジェクトは採用されます。
もちそん、その30百万円という見積もり通りにうまくいけば全く問題はありませんが、実際は15百万円の利益しか発生しなかった場合どうなるでしょうか?
そのような意思決定を繰り返すと、意志決定権者の部門や会社の規模は大きくなりますが、その企業の価値はますます毀損してしまいます。
また、投資が見合わないものであったということが判明した時リストラが必要になり、株主だけでなく従業員にとっても不幸な結果となってしまいます。
利益や部門の規模による評価による経営者のインセンティブが、必ずしも株主の意向とは一致しないということは理解いただけたと思います。
このような場合には、利益や規模ではなく、経営による付加価値による評価が必要となるのです。そうすれば、経営者も企業の価値を棄損するようなプロジェクトは決して採用しなくなるのです。
具体的な指標については次の記事で説明します。
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