前回の記事で説明したMM命題は完全資本市場を前提としています。
資本構成に関するより現実的な理論を検討するためには、完全資本市場と実際の資本市場の差を考慮しなければなりません。
完全資本市場と実際の資本市場で最も異なるのは何でしょうか?
それは、「税金」の存在です。
有利子負債への利息は税引き前利益の前に損失として控除されるのに対し、配当の支払いは損失としては扱われません。
同じ投資家に対する還元であるとしても、利息の支払いと配当の支払いとでは、節税効果という点での差が生まれるのです。
例として10年後に元本全額を返済する利率15%の社債を考えてみましょう。
その企業の実効税率が40%の時、節税効果は額面の金額に対して15% × 40% = 6%となります。
100百万円を負債で調達すると、毎年の節税効果は100×6%=6百万円となります。
この節税効果は元本を返済するまでの10年間発生しますので、10年間の節税効果の現在価値は、
となります。
税金を考慮したMM命題(MM Tax Model)では、有利子負債は返済期限の定めがないものと仮定します。
そうすると、その節税効果の現在価値は
(100 × 15% × 40% ) ÷ 15% = 100 × 40% = 40 となります。
そして、企業価値は節税効果によって下記の通り表現することができます。
資本調達の一部を有利子負債によって行うことで、その節税効果の現在価値の分企業価値を高めることができるのです。
しかし、MM Tax Modelにも欠点はあります。
上記の図が正しいとすれば、企業は借入を増やせば増やすほど企業価値を高めることができることになりますが、もちろんそんなことはありません。
借入を増やすことによって、節税効果以上のデメリットが生じるのです。
財政難に陥った企業(倒産までは至ってない状態)の企業は、非合理的な投資の意思決定をする傾向にあります。
一発逆転を狙うようなモラルハザードや、財務面での成約によって、本来であればなすべき意思決定ができなくなるのです。
必要な工場や設備のメンテナンス、ブランド価値を維持するためのマーケティング活動、新技術の採用、業務効率化の為の設備投資、従業員への投資などをしなければ(もしくはできなければ)、その企業はマーケットにおける優位性を失います。
また、中長期的に利益をもたらす投資ではなく、目先の利益に走ってトータルでのNPVがマイナスになるような短絡的な投資を採用するということもあります。
財政難の状況が続けば、企業は倒産という状態に陥ります。
倒産によって企業は、直接的なコストと間接的なコストを払わなければいけません。
弁護士、会計士、管財人、などの倒産手続きに関与する専門家のコストや、競売や鑑定評価に要する費用が必要となります。
企業を清算する際、資産を処分してもそれを市場で適性価格にて処理することは困難です。同じ業界にいる潜在的な買手も買収するのが難しいようなことが往々にして生じます。
また、会社更生や民事再生によって再生を目指す場合も、売上の減少、従業員のモラル低下や退職などによるオペレーションへの悪影響も生じやすく、再生プロセスに時間や追加のコストを要することになります。
企業は財政難の状況に陥ることで、非合理的な投資の意思決定による企業価値の毀損と倒産手続きによるコストを負担しなければいけないということになります。
これらのコストが発生することにより、債権者が弁済を受けることのできる潜在的な金額が減少することになります。
企業の財政状況が悪化した場合、この財政難によるコストを債務者側に負担する見返りとして、債権者は資金の提供を躊躇するか、より高い利息を要求するようになるのです。
この点から、有利子負債のコストは下記の通り表現することができます。
企業の所有者である株主は、より高い利息という形で財政難によるコストを負担することになるのです。
財政難によるコストは、財務レバレッジにより負債比率が増加することで増加します。
財務レバレッジは倒産や財政難のリスクを高め、財政難による期待損失と負債に課される利率を向上させるのです。
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